After Camino:点と点が線になる

My Journey

こんにちは,あさみんです。

私は,2022年8月にイギリス留学を終えた後,スペイン・カミーノ巡礼をしました。

カミーノは,約1,000年以上の歴史のあるキリスト教の巡礼の道であり,世界三大巡礼の1つです。

フランスとスペインの国境にあるサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ・デ・コンポステーラを結ぶ,最もポピュラーなフランス人の道(Camino Francés約780kmを歩きました。

その後,サンティアゴ・デ・コンポステーラからフィ二ステーラ,ムクシアまでを結ぶ,フィニステーラ・ムクシアの道(Camino de Fisterra y Muxía約120kmを歩きました。

約900km,29日間かけて歩く中で得た,気づきや学びの経験を,「心の探求」の視点からまとめてみました。

さぁ一緒に,心の山歩(さんぽ)に出かけましょう。

非日常と日常の境界

リスボン行きのバスの中で,ミハエルと過ごした時間を思い出していた。

彼は,今,サンティアゴに居る。

私は,今,サンティアゴを離れて,ポルトガルの首都リスボンに向かっている。

彼とは,過去世のどこかで出会っていたんだろうなぁって思った。

サンティアゴ・デ・コンポステーラからリスボンまではバスで約9時間。

途中,ポルトで休憩があった。

車内アナウンスは,スペイン語・ポルトガル語・英語で案内してくれるけど,単なる乗客の乗り入れのためのstopなのか,長めの休憩なのかが判断できなかった。

万が一に備えて,他の乗客に何度も確認して,出来るだけ車外に出て,新鮮な空気を吸いに行く。

ザックもバスのトランクに預けているし,身体一つで見知らぬバス停に置いてかれたら,きっと途方に暮れちゃうよね。

30分程度の小休憩にカフェに行こうとしたら,私の隣の席に座るポルトガル人の男性が持っていた巨大なパンをちぎって,バナナとみかんと一緒にお裾分けしてくれた。

彼はポルトガル語だし,言葉は通じないけど,そういうことを自然にできるってすごいなぁって思う。

リスボンを観光中に出会った,日本人のタカサカさんと一緒にレストランで夕食を取った。

3時間近く,ゆっくりと会話しながら,ご飯とワインを楽しんだ。

本当に素敵な時間を過ごした。

リスボンは,アップダウンのすごく大きな街で,良いトレーニングになっている気がする。

DDとオリビアに,カミーノの旅を終えても,急に歩くことをやめてはいけないとアドバイスを受けていた。

1ヶ月以上,毎日歩き続けた身体…歩くことに慣らしていくことも必要だったが,歩かないことに慣らしていくことも必要なんだね。

予想以上に,ポルトガルは楽しい。

リスボンのイエローカラー,私好きだなぁ。

リスボンは,ホステルに滞在した。

集団生活は変わらないけど,清潔で,LAN環境もあって快適。

トイレに行く時にカードキーを部屋に忘れてしまって,フロントに立ち寄った。

そしたら,カミーノで出会ったアメリカ在住の中国人女性に再会した。

彼女もカミーノを終えて,バスでリスボンに来て,朝一番にチェックインしようとするところであった。

この不思議なご縁…何だろう。

彼女は,来年,ポルトガル道を歩くつもりだと言っていた。

リスボン最終日は,ポルポ(タコ)の雑炊を食べてお腹いっぱいに満たされた。

ミゲル君の消臭力のCMロケ地のサン・ペドロ・デ・アンカンタラ展望台のベンチに座りながら,カミーノの日々を振り返る。

今,ポルトガル一人旅を楽しく過ごせている。

そして,1人であっても,みんなとつながっている感覚もある。

帰国後に会いたい…と思った人に連絡した。

会えたらすごく嬉しいし,その時間を大切にしよう…会えなかったら,次の機会を楽しみにとっておこう…そんな気分。

ミハエルやDD,ソン達と過ごした日々を恋しく思うし,what’s appのメッセージのやり取りに一区切りがつき始めて,カミーノの仲間達が少しずつ日常に戻り始めていることも感じている。

直観に従う

3日間のリスボン滞在後,ポルトへ移動した。

ポルトに着いてから,何だか思いつきとか感覚で動いていることが多い。

自分の感性のままに動く…それでいて,必要に応じてロジカルに考える。

宿に帰って昼寝したい…オレンジでビタミンC取りたい…ポートワインのテイスティングに行って,ほろ酔い気分…そのまま近くの川辺で昼寝したい…そんな欲求に素直に従う。

本能のまま過ごすと,天気も味方してくれて,本当に気持ちが良い。

何と平和な日だろうか…。

ポルトでは,のんびりと自由気ままに3日間過ごした。

43日間にわたるスペイン・ポルトガルの旅の最終日。

この約1ヶ月半で,私はどのくらい成長できたのだろうか…。

恐らく自覚できている部分と,未自覚の部分がある。

でも,確実にこの1ヶ月半で出来るようになったことが沢山ある。

「私は大丈夫。」そんな心の声が聴こえた。

ポルトガルから,イギリス リヴァプールに戻ってきた。

1ヶ月半前まで,毎週末カミーノのトレーニングをしていたAlbert dock沿いを歩いた。

歩きながら,結局,私がやりたいことは何だろう…私は具体的に何がしたいのだろう…。

カミーノ巡礼を終えて,何に気付き,何が見えたのか?…と,自分に問う。

カミーノに答えはなかった。

答えは,やっぱり自分の中にしかない。

だけど,カミーノに行ったことで,選択肢が広がった。

日常への回帰

リヴァプールで,3日間過ごした。

その間,朝日や夕日を眺めたり,美術館賞しながら,自分のキャリアについて,自分なりの答えを具体化する作業をした。

その中で出てきたキーワードは,「well being(幸せ・生きがい)」,「本質」,「つながり」,「自分らしさ」だった。

そして,その方法論として,「コーチング」,「登山」,「ポジティブ心理学」,「マインドフルネス」が出てきた。

マンチェスター空港から,日本へ向かう飛行機への搭乗待ちに不思議な出会いがあった。

タイ人の年配の女性は,英語がほとんど話せない中で,イラン人の彼に会うために渡英してそして母国へ帰るところだった。

彼女は,恐らく初めて1人で海外へやってきた。

彼女は,荷物の預け,液体物の持ち込みルールなどについても知らなかった。

恐らく,1人で空港内を移動したり,乗り換えをしたりすることが不安で,私から離れなかった。

ケータイの翻訳アプリを片手に,一生懸命にコミュニケーションを取ろうとしてくれる。

私が,イギリス,スペイン,ポルトガルでたくさんの人に助けてもらったように,今度は,私が自分のできる範囲で手を差し伸べる番なんだって感じた。

機内で「My Small Land」という映画を観た。

東京に住むクルド難民が,難民申請を却下されてしまうストーリーだった。

これは実際に日本で起こっていることなのだと思う。

そしてこんな世界が,私の母国である日本で起きていたなんて知らなかった。

国が分裂されて,祖国が存在しないクルド人。

難民としても認定されず,働くことも,自由に生活することも出来ない。

私には祖国があって,家族や仲間が帰国を待っていてくれる。

日本で生まれた私たちは,パスポート1つで自由に世界中を旅できる。

それが叶わない人たち,ビザ申請に時間やたくさんのお金がかかる友達が身近にいる。

この映画を観ながら,色々な出来事がリンクしていって涙が止まらなかった。

私が出来ることなんて,本当に大したことはない。

この私の人生をしっかり生き抜くこと…それくらいしかない。

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