こんにちは,あさみんです。
私は,2022年8月にイギリス留学を終えた後,スペイン・カミーノ巡礼をしました。
カミーノは,約1,000年以上の歴史のあるキリスト教の巡礼の道であり,世界三大巡礼の1つです。
フランスとスペインの国境にあるサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ・デ・コンポステーラを結ぶ,最もポピュラーなフランス人の道(Camino Francés)約780kmを歩きました。
その後,サンティアゴ・デ・コンポステーラからフィ二ステーラ,ムクシアまでを結ぶ,フィニステーラ・ムクシアの道(Camino de Fisterra y Muxía)約120kmを歩きました。
約900km,29日間かけて歩く中で得た,気づきや学びの経験を,「心の探求」の視点からまとめてみました。
さぁ一緒に,心の山歩(さんぽ)に出かけましょう。
カミーノを知ったきっかけ
私が,カミーノの存在を知ったのは,社会人大学院時代でした。
登山者の心理をテーマに研究を進めていた頃です。
先行研究が限られていたため,お遍路や修験道などの関連領域の論文も読み漁っていました。
そんな中で出会ったのが,カミーノ巡礼でした。
第一印象は,「サンティアゴ・デ・コンポステーラ…キリスト教の3大巡礼地…ふ〜ん,そうなんだぁ…」その程度でした。
その頃は,会社員と大学院生の二足の草鞋を履いていたので,趣味の登山すら行けない日々…長期休暇を取得して,わざわざ歩く旅だなんて,夢のまた夢という状況でした。
その後,大学院を卒業して,退職,1年間のイギリス留学へと道を進めます。
イギリス留学を終えた自分へのご褒美
イギリス・リヴァプールでは,マインドフルネスの実践に力を入れた,ポジティブ心理学・wellbeingの修士課程で学びを深めました。
大学院は,学術的な研究を行う場所です。
日本とは異なり,イギリスは1年間で修士課程を修了します。
日々講義の予習・復習,膨大な数のエッセイ,プレゼンテーションなど様々な課題に追われながら,自身の研究内容やスケジュールに責任を持ち,スーパーバイザーの指導の下で,研究を進めていきます。
当然,第二言語である英語を用いたコミュニケーションとなるため,私にとっては,非常にチャレンジングな日々でした。
しかしながら,自分が心から探求したいことに100%没頭できる毎日は,かけがえのないものであり,本当に多くの学びと成長を得る機会となりました。
留学生活を全力でやり抜いた自分に何かご褒美を…と考える中で,ふと頭をよぎったのが,スペイン・カミーノ巡礼でした。
ご褒美に,なぜ1ヶ月もの時間をかけて,歩く旅を選ぶのかと疑問を抱く人も多いかもしれません。
留学生活を通して,私は,逆境を乗り越えて,人生を切り拓いていくプロセスに幸せを感じることが分かってきました。
困難を乗り越えた先に待っている,成長した自分に出会いたい,新しい世界を見てみたい…その体験を味わいたいから,逃げずに真っ正面から向き合える…そんな好奇心が,私の幸せの源泉なのです。
「カミーノの世界に足を踏み込んだら,何か,分からないけど,楽しそうなことが起こりそう!」…そんなワクワクに従ったのです。
自分と向き合う時間を必要としていた
2つ目に,これまでの人生について,これからの人生について,ゆっくりと考える時間が欲しかったという理由がありました。
留学生活の終盤に差し掛かっても,その後のキャリアは未定でした。
アジア出身の留学仲間の多くは,早々から卒業後graduate visaを取得して,イギリスに残るという選択を選びました。
私の場合は,日本で会社員としてある程度のキャリアを積んできています。
「今更,会社員に戻るという選択肢はない」…とはいえ,私が今後やりたいことがイギリスで実現できるのか…,そもそも自分がぼんやりと描いているビジョンを具体化するために,どのようにしたら良いのか分からない…言語の問題,お金の問題…。
そんなものを考えていくと,「イギリスに残る」という選択も腑に落ちない。
修論執筆に追われながらも,今後のキャリアについて悶々とする日々でした。
私の場合,会社員に区切りをつけて,人生を後悔しないように過ごすと決意して,日本を飛び出すまでに約5年間かかりました。
また良くも悪くも,環境が人に与える影響力のパワフルさを,身を持って経験してきました。
結局,このまま日本に帰ったとしても,日本社会は何ひとつ変わっていない…私は,環境に翻弄されて,また自分を見失ってしまうかもしれない。
ケージに入れられて,回し車を走り続けるハムスターに戻ってしまうのではないか…そんな風に,帰国への不安と怖さを感じていました。
このように,思考も感情も霧の中にいた状況だったので,自分にモラトリアムを与えたかったのです。
私の研究の社会実験
3つ目は,私の研究の社会実験をしたいという理由でした。
私は,日本とイギリスの大学院で「登山が心理的wellbeingに与える影響」をテーマに修論を執筆しました。
日本では古来より,四国遍路の旅に出たり,熊野古道を歩いて熊野三山を目指してきました。
江戸時代には,一般庶民の間で富士講を組んで,富士山を登拝することがブームでした。
日本独自の宗教・信仰形態として,修験道が発展してきた歴史もあります。
そして,これだけ交通網が発達した現在においても,非常に多くの方々が登山や歩く旅に魅了されています。
さまざまな形態がありながら,共通しているのは,歩くという行為です。
歴史や文化を超えて,普遍的に継続されているのには,何かしらの理由があるだろうと思うのです。
そのように思いを巡らす中で,大学院での研究結果と,カミーノ巡礼で得られる心理的な効果の共通点と相違点について検証してみたいと感じたのです。
私らしく生きることの証
色々な理由がありましたが,結局は,直観的にカミーノ巡礼の旅に出ることによって,何か答えが見つかるような気がしたのです。
また,カミーノへ行くという決意は,私らしく生きることの証のようにも感じました。
過去の私を,現在の私に変えてきた原動力は孤独でした。
留学生活も,結局は,1人でコツコツと地道に課題や研究に向き合う日々です。
その孤独が,辛いと感じる時もあれば,至福だと感じる時もありました。
また,1人で歩いている時だけではなく,誰かと一緒に歩いたとしても,歩き続けるという行為は,孤独なことです。
直観的に,「登山も,研究も,カミーノも似ている」と感じたのです。
もちろん,家族や仲間と一緒に,何かを共有できることはとても幸せなことです。
それと同時に,1人きりで孤独と向き合うこともとても幸せです。
私の人生を歩いていくということは,孤独の道であると同時に,自由の道でもあると感じたのです。
きっと,人生に正解なんてない
直観に従って,やりたいことをやろう
最終的には,その想いがカミーノへ行く決意を後押しました。
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