こんにちは,あさみんです。
私は,2022年8月にイギリス留学を終えた後,スペイン・カミーノ巡礼をしました。
カミーノは,約1,000年以上の歴史のあるキリスト教の巡礼の道であり,世界三大巡礼の1つです。
フランスとスペインの国境にあるサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ・デ・コンポステーラを結ぶ,最もポピュラーなフランス人の道(Camino Francés)約780kmを歩きました。
その後,サンティアゴ・デ・コンポステーラからフィ二ステーラ,ムクシアまでを結ぶ,フィニステーラ・ムクシアの道(Camino de Fisterra y Muxía)約120kmを歩きました。
約900km,29日間かけて歩く中で得た,気づきや学びの経験を,「心の探求」の視点からまとめてみました。
さぁ一緒に,心の山歩(さんぽ)に出かけましょう。
Day1:St Jean – Roncesvalles (24.2km)
力強く前に進む私
興奮していたんだなぁ…
朝6時起床予定が,3時頃にはうっすら目が覚めたピレネー越えの朝。
寝袋から体を出したり,窓を開けたりして調整してみたものの,暑かった。
まだ外が薄暗いうちに,身支度を整えて出発。
今日は,標高差約1,200mピレネー山脈を一気に越えるハードな日。
2ヶ月間,できる限りのトレーニングを重ねてきた。
それでも,アップダウンの山道を,迷子にならずに歩けるのか不安だった。
でも実際は,私の予想はるかを超えて,楽しんでいる自分がいた。
無心になって歩いているのが心地がよい。
広大な景色,そして突然現れる動物たちにワクワク…そんな感じ。
辛いよりも,純粋に楽しい。
一歩一歩を着実に進む…そんな私だ。
勝ち負けに囚われる私
他の巡礼者に抜かされたくない,誰かが視界に入ると,追いつき,追い越したくなる。
カミーノは競争ではない,早い者が勝って,遅い者が負けるわけでもない。
頭では分かっているのに,心と体がYESと言わない…チグハグ…そんな感じ。
常に,白・黒をつける
常に,他者と競争する
常に,他者の目を気にする
常に,他者と自分を比較する
そんな世界で生きてきたから,私の中に無意識に刷り込まれている
疲れて休もうと思っても,心がザワザワして休めない。
私が休んでいる間に,誰かに抜かされてしまう…だからすぐに出発…そんな感じ。
内なる声を聴く
かなり早く,アルベルケ(巡礼者用の宿)に到着した。
シャワーを浴び,洗濯を終えて,ほっと一息ついた時,心の霧に包まれた。
みんな笑っていて,楽しそう
私はうまく言葉が出てこない
シャイな私に友達はできるのか
そんな思考に,「不安」がタグ付けされた。
少しの間,この感情と向き合っていると,「今は,まずこの旅に慣れることが大切だよね」って,私の中から声が聴こえた。
その声を受け入れてみると,心がスーッと楽になる。
霧が晴れると,イタリア人のエンリーゴがBARに誘ってくれた。
2人でビールを飲み,ほろ酔い気分で会話を楽しんだ。
自分が与えられたテーマに答えを見つけると,次の扉が開かれていく…そんな不思議な感覚だった。
感謝の気持ち
このアルベルケでは,シニアの方々がアドバイザーとしてボランティアで働いていた。
宿の夕食を付けるか,買って簡単に済ませるかで迷ってしまい,スタッフの方に相談してみる。
「今日は,山越えで疲れているのだから,夕食付きにしてきちんと食べた方が良いわよ。明日は,途中の町でスーパーかBARに寄れるから,朝食は付けなくて大丈夫」
未知の世界に飛び込んだ私は,こんな小さな選択にすら不安や迷いがつきまとう。
今日起こることすら予測不能で,明日のことなんて考えてもわからない…。
そんな状態の私の心に,人の優しさが響く。
温かくて,柔らかい…けど,コアがある。
その中心部から,ほわぁって胸の全体に,じんわりと広がっていく感覚だった。
その夜は,なかなか寝付けなかった。
見えない何かに急かされている感じがしていて,落ち着かない。
「これが,私が望むカミーノ?それを選んでいるのは,私だよ。これは,私のカミーノなんだよ」…そんな声が聴こえてきた。
Day2:Roncesvalles – Zubiri (21.5km)
右往左往する私
朝5時頃に起床。
洗濯場の鍵が空いていなくて,乾かしておいた洗濯物を回収できずバタバタ…
「早く出発しないと,置いていかれてしまう」…そんな考えが頭をよぎって,余計に落ち着かない。
外はまだ暗いのに,雨が降っている。
レイヤリングどうしよう…レインウェア・ポンチョ・傘…まだ雨も弱いし,何も使わない?…どうしよう…迷いが生じる。
結局,周りの人たちの真似をする。
自分に軸がないから,判断に迷う。
歩き始めると,悪天候とヘッドライトの光の弱さが相まって,道の標識も分からない。
1人で鬱蒼とした林道を歩いていた時は,本当に怖かった。
女性の2人組が後ろから歩いてきて,後ろを歩かせてもらった。
明るくなるにつれて,天候も少しずつ回復した。
歩いている途中,また迷いと不安が襲ってくる。
「明日,パンプローナで宿を見つけられるか?今日のうちに,もう少し距離を稼ぐべきか?」
スタート地点であるSt Jeanに向かう前夜,パンプローナの宿を探すのに苦労したのだ。
また同じことが起こるかもって思考と一緒に,黒いモヤが押し寄せる。
ここ数日オーバーワークが続いているのに,さらに負荷をかけようとしていた私。
ふと,会社員時代を思い出す
休みたいのに,不安で休めない
休む方法すらわからない
そこに自覚的になってみると,
「今日はゆっくり休んで,明日頑張って歩こう。宿が空いてなかったら,次の町まで歩けば良いんだよ,大丈夫」
…そんな声が聴こえてきた。
対等であること
イタリア人のエンリーゴが,ちょくちょく声をかけてくれた。
川辺で話したり,日光浴したり,イタリア語を教えてもらったり…心地よかった。
私たちは,英語でコミュニケーションを取った。
お互いに,簡単な日常会話ができる程度だった。
私が,単語を1音1音ハッキリと発音せずに話しているとき,彼が「はぁん?」と,あからさまに意味が理解できないという態度を取ることがあった。
最初,その反応に少し傷つく私がいた。
日本もイギリスも空気を読む文化で,曖昧さを大切にしたりする。
彼の母国語であるイタリア語だったなら違ったのかもしれないけど,私たちの関係性の中で,彼はストレートにぶつけてくる。
お互いに「分からない」が多いからこそ,クリアに,丁寧に伝える必要があるし,曖昧にしないことが大切なことかもしれない。
思い返してみると,イギリス滞在時,私が英語を聞き取れなくて,ぽかーんとしていたり,困った顔をしていると,簡単な表現に言い換えてくれたり,ケータイで調べながら伝えようとしてくれていた。
相手に依存していたんだよねぇ。
お互いに対等であるからこそ,同じ力量の努力がより必要なのかもしれない。
居心地の悪さ
その夜,エンリーゴの仲間たちとのパーティに声をかけてくれた。
フランス人,イタリア人を中心に10人くらいの大人数だった。
スーパーで調達した食材で作ったイタリアンとお酒を振る舞ってくれた。
フランス語・イタリア語・英語が飛び交い,そして国歌の合唱が始まってどんちゃん騒ぎ。
私だけ英語しか分からない。
言語が切り替わった瞬間,全く理解できない。
大声で叫んだり,笑ったり,歌ったりしているから,余計に聴こえない。
彼らは母国語に加えて,英語も話せるし,語源が近いからフランス語もイタリア語もニュアンスで理解できるんだって。
ムードメーカー的なフランス人のジャックは,唯一のアジア人の私を気にかけてくれる。
私が会話に入っていない時は,話を振ってくれる。
その声すら,全てを聞き取れるわけでもない。
その気遣いに,申し訳さを感じる。
その場は楽しいけど,純粋に楽しめない…そんな私がいた。
Day3:Zubiri – Pamplona (20.4km)
私のアイデンティティ
台湾人,スペイン人,アメリカ人の女性たちと一緒に歩いた。
台湾出身で,オーストラリア在住のソフィアは,とても自立した女性だった。
働いてお金がある程度貯まったら,大好きな旅に出るという生活を続けている。
現在40歳の彼女は,オーストラリアにいる間に色々な仕事を経験した。
「ホテルの清掃の仕事を下に見る人もいるけど,私はそんなの気にせずに何でもやった」と語る彼女からは,異国の地で生き抜く強さのようなものを感じた。
「イギリスでは,自分らしくいられた。でも日本に戻った時,私は私でいられるのか不安なの」と,心のモヤモヤを出してみた。
彼女は,「自分がどこの国の出身であるかなんて関係ない。自分という個が1番大事だよ」って言ってくれた。
今の私には,彼女の言葉のすべてを素直に受け入れるのは難しかった。
私は,やっぱり日本人だし,周りの目をすごく気にしてしまう。
彼女の考えは理解できる。
でも,私は,他者との調和を大切にする日本人としてのアイデンティティを大切にしたいと思っている。
でも,そこに比重を置きすぎると,バランスが崩れて,自分を見失ってしまう。
一方で,私,私,私って,個の主張が強くなりすぎると孤立してしまう。
それも,私の望んでいる世界ではない。
だからこそ,両者のバランスが大切なんだなって,彼女に気づかせてもらった。
責任転嫁する私
「今夜の宿どうする?」と聞くと,ソフィアはすでに確保していた。
「大きい町だし,週末だから混雑する可能性がある。すぐに取ったほうが良いよ」…彼女の言葉に,昨日の不安感がフラッシュバックする。
ソフィア以外の全員が宿を取っていなくて,各自歩きながら宿を探す…booking.comでは,安宿はすでに満室…やばい,今夜宿なしかも。
後ろを歩くスペイン人のパティシアは,すぐに宿を見つける…やばい,私だけ取り残される。
ソフィアに手伝ってもらいながら,初めてAirbnbで宿を確保。
結局,パンプローナにたどり着いてみたら,まだ空室がたくさんあることを,他の仲間から聞いた。
一瞬,ソフィアに振り回されたと思った自分がいた。
でも実際には,自分で自分を振り回していた。
カミーノを歩き始めて,自分のことなのに,常に周りに意見を仰いで,それに従う私がいた。
他者の意見ばかり聞いて,何かあった時に人のせいにしてしまう自分を見た。
他者の判断は,あくまで他者の判断であって,私の判断ではない。
最終的な判断は,自分ですること。
自分で判断すれば,人を責めることもない。
その判断に後悔したとしても,納得できる。
自分を解放していく
パンプローナの夜,1人で大聖堂に向かった。
この旅の目的の1つは,イギリスでの研究結果とカミーノの類似点・相違点を確認することだった。
私の研究は,畏敬・畏怖の念(awe)というポジティブ感情に着目したもので,カミーノでaweを感じやすいであろう,「大聖堂」には出来るだけ立ち寄りたかった。
そうしたら偶然,先日のパーティーで知り合ったフランス人のジャックとジャクソンに再会した。
ジャックは,今のところ私がカミーノで出会った中で唯一,本来の巡礼動機でカミーノへ来た人だろうと思う。
小さな聖書を持ち歩いていたし,妊娠中の妹さんの無事の出産をお祈りしていた。
彼らとミサに参加した。
大聖堂を出ると「これから踊りに行くけど一緒に来る?」と誘ってくれた。
今日は,心置きなく1人で眠れる日。
一刻も早く部屋に戻りたい気持ちもあって,少し躊躇する自分がいた。
でも,せっかくの機会だからOKする。
クラブにきたの,いつぶりだろう…。
お酒を飲みながら,踊った。
みんな,めちゃくちゃ上手いんだよね。
サルサ?フラメンコ?…よくわかんないけど,その場で出会った人たちが息ぴったりに踊っている。
こっちでは,これが普通なの?
ここでも,コミュニケーションは難しかった。
でも,ただ一緒に楽しく踊っているだけで,心が通じ合っている感じがした。
これも非言語コミュニケーションの一つだなぁって。
私はリズム感ないし,ダンスなんてできないけど,感じるままに踊ったら解放感ハンパなくて,最高に楽しかった。
お店を出たのは,22時過ぎ。
ジャック達のアルベルケは,門限のため鍵が閉まって入れない。
「スペイン女性たちの宿にみんなで泊まるから,来なよ」って誘ってくれた。
カミーノってだけで,こんなにオープンなのか…すごいなぁ…。
これは国民性?と思いつつも,ここはさすがに断って,自分の宿へ戻った。
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